2012-12-17

選挙で投票する(参政権の行使)

世の中を直接治めることはできないとしても、代表を選んで託す権利が、全ての成人にはある。それを参政権という。この日本でも、政治に参加する権利を勝ち得るために、多くの人が血を流し、命をかけて戦った。だからその権利を大切にする。選挙には行き、投票する。
家族や友人にも選挙に行って投票するよう勧めている。「面倒くさい」と言った知り合い(女性)に、ならば市民を辞めてしまえと思わず口走ったことがある。それ以来何年も折り合いが悪い。さすがにそこまで言うのは大人げなかった。しかし少し歴史を遡れば、女性には参政権がない時代があった。ようやく手にした権利を、投票に行くのが面倒だからと放棄するのは、何とも惜しく、先人たちに申し訳ない。

票を投じる欲求とは何だろう。
平和で生命や財産を脅かされることなく、豊かで飢えることのない世の中への欲求。人とつながって集団を成し、認められることへの欲求。成長し、自己実現できる社会への欲求。多くの人の幸福のために与えられた一票を投じる。そうありたいものだ。

省みると、自分はそうは考えていない。
自分と候補者の関係は一対一で、選挙権により選挙運動中の立候補者、または選挙後の当選者=代議員を支配し、自分の意思を社会に反映させたい。何を欲するかは、投票するときの自分次第。
大量消費社会に似ている。作り手は、消費者が黙っていても何が欲しいか調査して製品を生産する。消費者は製品を選択して買う。気づいた時には、消費者にとって、ものは自分以外の誰かが作るもので、自分が何が欲しいかすら考えなくなっている。消費者は製品を選択することで、作り手への支持を表明する。
政治家の製品は「政策」だろう。選挙権を持つ側は、何を選択するのか。物的・金銭的な欲求が満たされる政策。あるいは自分の意思が反映され、自尊心をくすぐられる政策。
もし政治家に、あなたは自分を犠牲にしても社会全体の幸福を考えられる素晴らしい市民です、と新たな政策を提案されたら、私は疑う。欲求のレベルもそこまで。

【欲求】★★レベル2
もし手にした権利に執着して行使するだけなら物欲と同等。
すべての人が自分らしくいられるために、投票する権利を、自分の持てる力を、使えるようになりたいものだ。

0 件のコメント:

コメントを投稿