2012-12-17

選挙で投票する(参政権の行使)

世の中を直接治めることはできないとしても、代表を選んで託す権利が、全ての成人にはある。それを参政権という。この日本でも、政治に参加する権利を勝ち得るために、多くの人が血を流し、命をかけて戦った。だからその権利を大切にする。選挙には行き、投票する。
家族や友人にも選挙に行って投票するよう勧めている。「面倒くさい」と言った知り合い(女性)に、ならば市民を辞めてしまえと思わず口走ったことがある。それ以来何年も折り合いが悪い。さすがにそこまで言うのは大人げなかった。しかし少し歴史を遡れば、女性には参政権がない時代があった。ようやく手にした権利を、投票に行くのが面倒だからと放棄するのは、何とも惜しく、先人たちに申し訳ない。

票を投じる欲求とは何だろう。
平和で生命や財産を脅かされることなく、豊かで飢えることのない世の中への欲求。人とつながって集団を成し、認められることへの欲求。成長し、自己実現できる社会への欲求。多くの人の幸福のために与えられた一票を投じる。そうありたいものだ。

省みると、自分はそうは考えていない。
自分と候補者の関係は一対一で、選挙権により選挙運動中の立候補者、または選挙後の当選者=代議員を支配し、自分の意思を社会に反映させたい。何を欲するかは、投票するときの自分次第。
大量消費社会に似ている。作り手は、消費者が黙っていても何が欲しいか調査して製品を生産する。消費者は製品を選択して買う。気づいた時には、消費者にとって、ものは自分以外の誰かが作るもので、自分が何が欲しいかすら考えなくなっている。消費者は製品を選択することで、作り手への支持を表明する。
政治家の製品は「政策」だろう。選挙権を持つ側は、何を選択するのか。物的・金銭的な欲求が満たされる政策。あるいは自分の意思が反映され、自尊心をくすぐられる政策。
もし政治家に、あなたは自分を犠牲にしても社会全体の幸福を考えられる素晴らしい市民です、と新たな政策を提案されたら、私は疑う。欲求のレベルもそこまで。

【欲求】★★レベル2
もし手にした権利に執着して行使するだけなら物欲と同等。
すべての人が自分らしくいられるために、投票する権利を、自分の持てる力を、使えるようになりたいものだ。

2012-12-14

外国語の勉強(主に独学)

経験から、外国語の独学に大事な要素が3つある。「聞くこと」、「量」、「勉強しやすい教材」。加えて「挫折を前向きに考えること」が、特に複数の外国語を勉強するのに欠かせない。

「聞くこと」。正しくは聞き流すこと。意識して聞き取るより、聞こえるに近い。聞く内容や早さは、自分のレベルと同じか、少し難しいくらいがいい。しかし、たとえ難しくて全く理解できなくも、そのうち分かるようになるだろう、くらいに考えて気楽に聞き流す。
「量」。最近はインターネットと小型の音楽プレーヤーが進歩したおかげで、本当に量が聞きやすい時代になった。いつでもどこでも聞ける。(つい30年前はラジオとカセットテープしかなかったのがにわかに信じがたい。)もし量を聞くことが難しくても、読む、書く、話す、何でもいいので、ある程度の量をこなせばいい。いずれ耳が飢えてくる。
「勉強しやすい教材」。本、CD、ラジオ、テレビ、DVD、インターネットのウェブサイト、PCソフト、何でもいい。大事なのは、本人が勉強しやすいと感じること。誰にでも合う教材はない。世間で評価が高くても、買ってみたら自分には合わなかったというのは珍しくない。その時には他のものを探せばいい。使わない教材は授業料を投資したと思って忘れるか、他に欲しい人に譲ることができたらラッキーだと思おう。自分に合った教材を探して勉強するうちに、苦しい時期はあっても次第に勉強のしかたを覚え、外国語を習得していく。
加えて「挫折を前向きに考えること」。外国語の勉強は、失敗が成功より多いと思う。教材を買い揃えたのに勉強をやめると、ただでさえ本人が凹んでいるのに、家族や友人にからかわれたりして痛い。でも、やめてもまた始めればいいのだ。気に入った教材があればいつでも再開できる。そう前向きに考えればいい。これは特に2つめ以降の外国語について言える。数カ国語で積み重ねた失敗が、別の言葉に結実することもあるから、挫折は決して無駄にはならない。

自分の場合、勉強そのものより、挫折してやめるのが趣味と言った方が正確かもしれない。
母語の日本語を除いて、勉強した言葉の数、11(☆英語・フランス語・韓国語・中国語・☆ドイツ語・スペイン語・イタリア語・スウェーデン語・アイスランド語・☆ポルトガル語・ロシア語)。ほとんどが独学。☆がついている3つ、英語、ドイツ語、ポルトガル語が、仕事※や日常生活で使えるようになった言葉。日本語を含めると、頭の中に4つの言葉がある(またはあった)。
そして最近、独学で中国語の勉強を再開した。記憶にある限り、2度の挫折ののち3度目の試み。5つめの言葉になりますように。

【欲求】★レベル1
外国語の勉強が知的な欲求であることに間違いはない。必要で勉強するとはいえ、多くの言葉を習得しようとするのは物欲に近い一種の収集欲のような気がしてならない。せめてレベル2に引き上げるのが今後の課題。

※会議の同時・逐次通訳、あるいは高等教育機関の教員ができるレベルではありません。

12-12-15 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
英語 English
小学校6年の時、1つ上の姉が中学校に入学してNHKのラジオ講座「基礎英語」を聞き始めたのを真似して同時に始めた。これが独学の始まりだった。姉は途中でやめた(と記憶している)が、自分は1年続けた。当時はタイマーつきのレコーダーなどという便利なものはなく、目覚まし時計で起き、ラジカセの録音ボタンを押し、カセットテープに録音しながら再び寝て、学校から帰ってから夜に勉強した。おかげで中学校の英語の授業は遊びみたいなもので、学んだことは特になかったように思う。そのまま高校に進み、たかをくくって勉強しないでいるうちにたちまち人並みになり、大学の一般教養では単位を落として4年まで再履修した。それでも英語の授業は楽しかった。先生や教材ではなく、英語そのものが。
社会人になり、最初の1年間は大学入試の英語の勉強をしていた。27歳の時に外資系の会社に転職し、初めて海外に行く機会を得て、研修で英語を使う経験をした。そこで自分の英語が他の社員よりうまいことに気づいた。それまでの積み重ねがあったからだろう。
その会社を辞め、ヨーロッパに2000年から2002年にかけて滞在した時には、デンマーク、スウェーデン、アイスランド、ベルギー、オランダで英語を使った。英語は、滞在している国と自分をつなぐ言葉として重宝した。どの国にも英語を話す人がいた。また、その国の言葉と英語の辞書は必ず本屋で手に入った。日本語の辞書を探しても見つからないか、あるいは見つかっても日本語はアルファベットで書かれていて使いづらかった。その後、日本に帰国してからブラジル人のサッカーコーチの通訳をした時も、当初は英語だった。
英語は今でも、仕事のメールや電話での連絡に日常的に使っている。

ドイツ語 Deutsch
大学を卒業して最初に勤めた会社も、次の転職先の会社も、なぜかドイツ語圏(ドイツ、スイス)に縁のある会社だった。だからというわけではないが、ドイツ語の勉強を始めた。当初はHNKのラジオ講座で独学するつもりだったがうまく行かず、仕事を辞めてドイツ政府が自国の文化を普及させる目的で設置しているドイツ語学校、ゲーテ・インスティテュート Goethe Instiut のローテンブルグo.d.T.校※※で1ヶ月の集中コースに通った。クラスは一番下のG1a(Grundstufe 1a)。しかし当然ながら、1ヶ月のコースだけでは話したいことも話せない有様だった。その後1ヶ月、ドイツ国内で実習や旅行をしてからローテンブルグを再訪すると、多少よくなっていた。日本に帰り、青山のドイツ大使館の裏手にあるゲーテ・インスティテュートの東京校に半年通うと、教科書がThemen Neu 2になった。劣等生だったが何とか授業についていった。
それから1年ほど経った2000年の秋にスイスに渡り、オプヴァルデン州に滞在した際、近くの町、ルツェルンにあったミグロの学校のドイツ語集中コースに通った。教科書は引き続きThemen Neuで、とうとう3に入った。その後、EU各国内外を移動しながらヨーロッパに2002年まで滞在し、地域のスポーツ組織の活動について調査をしたが、ドイツ語圏にいた期間が長く、日常会話には不自由しなくなった。
帰国後は、身近にドイツ人がいないこともあり、使う機会は激減した。
今でも仕事で使うが、年に何回か、ドイツと手紙やメールのやりとりをする程度で、語学力はかなり衰えている。

※※いつの間にか廃校。

ポルトガル語 Portuguese
ヨーロッパから日本に戻ったのは2002年。当然ながら仕事がなかった。ある時、知人の紹介で、英語でブラジル人のサッカーコーチの通訳をすることになった。海外でスポーツに関する調査をしていたら、サッカーが専門でなくても、外国から来た指導者の概念は理解できるだろう、というのが紹介された理由だった。それは当たっていた。日本では不明確になりがちな、教育(教える)とトレーニング(鍛える)、練習(トレーニング)と試合(ゲーム)の区別は容易に理解できた。現場に同行し、通訳を務めた。
そのコーチの契約期間が終わって帰国すると、引き続き英語で、別のブラジル人コーチの通訳を頼まれた。しかし本人に会ってみると、英語が話せなかった。商売あがったり。首を覚悟した。かといって代わりのポルトガル語通訳も見つからなかった。仕方がないので、コーチは日本語、こちらはポルトガル語の勉強を始めた。独学で、本とCDを使って2ヶ月勉強した。それからコーチとともにブラジルに行き、1ヶ月滞在すると、会話でたとえ話程度までできるようになった。帰国してからはポルトガル語で通訳した。これで首にならないと安心した。
3ヶ月である程度話せるようになったのは、仕事がかかっていたことよりも、大学でフランス語を4年間勉強し(一般教養、得意だったが単位が取れず4年まで履修)、さらにスペイン語とイタリア語で挫折を繰り返した、ラテン系の言葉の勉強の積み重ねがポルトガル語に実を結んだからだ。
ちなみにポルトガル語は、聞くのと話すのはできたが、読み書きは苦手で、それまで他人事だと思っていた文盲の心の痛みが分かるようになった。
その後、サッカーコーチの通訳を辞め、他の仕事に就いた。私の住む地域にはブラジル人やポルトガル人はいないに等しいこともあり、ポルトガル語を使う機会は年に1回あればいい方で、語学力は落ちる一方だ。以前はかなり聞き取れていたNHKラジオ第2のポルトガル語ニュースも最近はかなり怪しい。日本国内にはブラジル人が集住している地域があり、そこに行けばきっと何かの役に立つとは思うのだが・・・・。
使わない言葉の能力を維持するのは、乗らない車を毎月車検に出すようなもので、手間がかかる。ドイツ車に加えてポルトガル車もあったらなおさら。そろそろどちらか廃車にしようか考えている。

中国語 汉语 については別のスレッドで。

2012-12-09

アトム 隼人

隼人は、広島県にあるアトム(株)社製の農作業用のゴム長靴である。
カントリーラバーブーツと銘打ったゴム長靴が定価1万円台半ばで販売されているが、日本で本格的な農作業に使う人はまずいないだろう。それに対して、こちらは雰囲気だけではないリアル田園長靴、実勢価格¥3,000〜。ワークマンでも販売している。

この長靴には、機能美が備わっている。細身で、薄いゴム地が使われ、しなやかで軽い。土につかまらず、動きやすい。
農作業に使えるだけに、日常生活でも履きやすい。雨の日でも、舗装されている道なら、裸足に近い感覚で走れさえする。
防寒用ではないが、もちろん水や風は通さないので、厚手の靴下を履いて動いていれば、本州の平地なら極端に寒い日でない限り大丈夫。ただし、さすがに凍結した路面では靴底が滑りやすいのでご注意を。


【欲求】★レベル1
物欲。実用品として愛用している。
この商品の魅力には、消費者だけでなく、製造しているメーカーや販売店も気づいていない。AIGLEをご覧のとおり、ただのゴム長も作り方次第でおしゃれで魅力的な商品に変身する。
ところで、まだ実際に履いたことはないが、気になる日本のゴム長靴がある。北海道小樽市の第一ゴム(株)製、フィールドブーツ#1000。シンプルで余計な飾りがないのに好感が持てる。メーカー直販のネットショップで¥10,000。
http://www.kita-marchand.com/shopdetail/003000000002/order/
がんばれ日本の長靴!

4番目のそれ

孤闘」(斉藤実、2003年8月、角川書店)を書店の店頭で見つけた。ほぼ10年前に出版されたロングセラーの帯にこうあった。



書棚の前を通りかかっただけなのに、強烈に問いかけられた。著者の答えは、もちろん帯にはない。しかし私は、4番目のそれに目が止まり、先に読み進むことができなかった。


【欲求】★レベル1

愚かだが、仕方あるまい。それを表現する機会を与えてくれた著者に感謝する。
斉藤実は、1934年、東京・浅草生まれ。38歳でヨットを始め、外洋ヨットレーサーとなる。現在に至るまでヨットで地球を8周している。

2012-12-07

SpareOne GMS スペアワンGMS

SpareOneは、非常用の携帯電話である。15年以上保管でき、単3電池1本で通話10時間以上、LEDライト点灯24時間以上、-30℃から60℃まで対応、SIMがなくても緊急電話可能。防水ケースが付属する。定価$99.99 USD。

特徴をまとめると、「単3電池1本で機能し、厳しい環境で長期保管に耐え、緊急通報に即座に使え、買って実際に使う場面がなくても許せる値段の携帯電話」ということになるだろうか。
災害時、停電すると家庭用のAC100V電源が使えない。普通の携帯なら、バッテリーが切れても充電できない。そんな時でも乾電池は使える。特に単3電池はいろいろなものに使われており、比較的入手しやすい。
電池が1本でいいというのも大切だ。災害時には物資が不足する。限られた物資を分け合わねばならない。電池も同じ。乾電池を使用した携帯電話の外部電源はコンビニでも手に入るが、1本では使えない。またこの種の外部電源は、電池の能力を使い切る前に携帯電話が作動しなくなることがあり※、それが知らずのうちに電池の無駄使いにもつながる。
-30℃〜60℃に対応するといっても、実際に性能の極限で使う場面はあまりないだろうが、ある程度厳しい環境で長期間ほったらかしても大丈夫と思えば心強い。
SIMなしで緊急通報ができることもいいことだ。いつ使うか分からない携帯電話に常にSIMを入れておくのも考えにくいし、いざという時には落ち着いてSIMをセットできる状況でもないだろう。
これで定価$99.99 USD、実売価格はそれより安いと思えば許せる。

今年(2012年)のクリスマスプレゼントのお勧めとしてネットで紹介されているが、日本では使用できないのでご注意を。SpareOneのホームページはこちら。
http://spareone.com/spareone/spareone-emergency-phone

【欲求】★レベル1
物欲、あるいは生存の欲求。
SpareOneに限らず、乾電池で使えるシンプルな携帯電話があったら、非常用に欲しい。通話とSMSができればいい。カメラも要らない。個人的には、普段からそれを使ってもいいくらいだ。

※携帯電話の機種や電池の特性によって差があります。

2012-12-05

PayPal ペイパル

物欲を満たすにはものを買わねばならず、ものを買うには代金を支払わねばならない。支払いにはいろいろな方法がある。物々交換、現金、振込、小切手、クレジットカードなど。どの方法にも長所、短所がある。
海外から通信販売で何かを買う時には、予め支払い方法が指定されている。ほとんどはクレジットカードだ。振込も可能な場合があるが、海外の金融機関に振り込むには手数料が高い。
クレジットカードの長所は、支払いが簡単なこと。通信販売なら番号と名前だけで買い物ができる。短所としては、簡単なだけに悪用もされやすい。
PayPalは、クレジットカード会社と売り手の間に入る支払い代行会社だ。普通なら「買い手→銀行→クレジットカード会社→売り手」の順に支払いが行われるが、PayPalはクレジットカード会社と売り手の間に入る。そのため売り手には買い手のクレジットカードの情報が伝わらない。
PayPalの長所は、クレジットカードを悪用される可能性が減ること。これは安心だ。短所は、PayPalに登録した個人情報を不正利用される可能性があること。何者かにアカウントに不正にアクセスされ、住所を勝手に登録され、買い物をされてしまうこともあり得る。とはいえ、不正利用されたことをオンラインでPayPalに報告できるので手続きは楽だ。
個人的には信用している。海外通販の支払いで、PayPalとクレジットカードがどちらも可能な時には、迷わずPayPalを選ぶ。

【欲求】★レベル1
生存の欲求。財産をなくすことは生存に関わる。マスローの説では、第2段階、安全の欲求か。

12-12-05 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
PayPalアカウントに不正アクセスされ、ネット通販で買い物された。
Walmartで$296.76 USD。しかし犯人が誰か分かってしまうから面白い。


Le Dung、ベトナム系、女性、50代半ば。住所はアメリカ合衆国カリフォルニア州ポモーナ、Eアルヴァラード通り763番地(763 E Alvarado Street, Pomona, CA 91767, USA)。1924年に建てられた家の資産価値は約21万ドル、39歳から67歳まで、男性10人、女性3人、合計13人が暮らしているという。借家だろうか。近所にはアジア系の名前が目立つ。Le Dungは荷物を受け取るだけで、主犯格は他にいるとしても、犯罪に加担していることに代わりはない。


PayPal Unauthorized Purchase Suspect: Le Dung @ 763 E Alvarado Street, Pomona, CA 91767

昨夜は風が強く、外は荒れていた。そのせいではないが、なぜかよく眠れなかった。
午前5時、外は真っ暗だった。何気なくiPhoneを見ると、大量のメールを受信していた。送信者名は無秩序な英数字の列、件名は世界の最新ニュースのヘッドライン、1行目のプレビューは再び無秩序な英数字の列。理解不能な文字の羅列に混乱し、焦った。未読メールは、50件ずつ何度メールを読み込んでスクロールしても続いた。どこまで続くのか。まさかウイルスに感染したのか。Mac BookとiPhoneがもう駄目かと思うと動揺した。


しかし、その夜はちょうど、大事なメールを待っていた。迷惑メールの中に紛れているかもしれないので、いずれ探さねばならない。気持ちを落ち着かせてよく見ると、最後の未読メールを受信したのが午前3時31分であることに気づいた。1時間以上前のことだ。差し当たり、目の前で迷惑メールの洪水に見舞われることはないと分かり、安心した。
メールは決して開かず、送信者名、件名、1行目のプレビューを頼りに、受信した時間を遡りながら1件ずつ慎重に分類していった。その数、1000通余り。そして最後の未読メールはPayPalからだった。自分のアカウントから、Le Dungが、Walmartに$296.76 USDの注文をしたことを知らせていた。受信は午前1時37分(犯人の午前8時37分)。それから2時間足らずの間に1000通を超える迷惑メールを受信したことになる。不正利用が発覚するのを遅らせる手口だろう。被害者が、ウイルス感染と勘違いしてパニックに陥るか、あるいは1件ずつ確認するのを面倒に思い、迷惑メールと不正利用を知らせるメールをまとめて消去してしまえぱ、被害に気づくのが遅れる。
午前6時23分(犯人の午後1時23分)、PayPalの問題解決センターに不正利用を報告し、パスワードを変更した。アカウントには利用制限がかかり、これ以上の支払いができなくなった。被害に気づいてから90分足らず、偶然にも短時間で対応できたが、それでも不正利用から5時間弱が経過していた。
さらに5時間が経過した午前11時54分から午後0時4分(犯人の午後6時54分から午後7時4分)までの10分間、再び43通の迷惑メールを受信した。しかし既にできる限りの手を打ち、これ以上アカウントを不正利用される可能性は低いと分かっていた。1日の仕事を終えて帰宅し、駄目押しにもうひと働きしているであろう犯人の努力が哀れに思えた。先にPayPalに確認したら無駄な仕事をせずに済んだろうに。その後、迷惑メールは止んだ。PayPalの通報を受けたWalmartが、犯人に連絡をしたことだろう。
Walmartに注文したものが何かは分からない。クリスマスプレゼントだろうか。ただし残念ながら、こちらは何もプレゼントする気はない。

不正アクセスに遭うのは今年3回目になる。最初はGmail、インドネシアから。次はFacebook、ロンドンオリンピック期間中のイギリスから。そして今回はPayPal、アメリカから。慣れてしまった。こういうものだと思う他ない。幸い、今のところ実質的な被害はない。インターネットで世界が狭くなったのを感じる。

12-12-15 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
返金された。
オンラインで買い物する以上、支払いはクレジットカードに頼らざるを得ないし、使う以上は不正利用される危険がつきまとう。PayPalを利用することで、危険が減るのか増えるのかは分からない。個人的には、今後もPayPalを利用するつもり。

2012-11-27

iPad mini Wi-Fiモデル + モバイルWi-Fiルータ + 楽天LTE SIM

モバイルWi-Fiルータ(Huawei E587)と楽天LTE SIM、それにMac Book(OS X 10.5.8)があったところに、iPad mini Wi-Fiモデルを導入してみる。
iPad miniは今月発売されたが、大きさはiPhoneとiPadの中間。iPhoneを主にメモ帳として活用している自分にとって、iPadは大きすぎた。メモ帳がクリップポード並みに大きい必要はないし、持ち歩く途中で壊しそうだった。でもiPad miniならどうだろう。

【欲求】★レベル1
物欲。iPad miniが自分に必要かは疑問だが、好奇心がそれを上回る。

12-11-23 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
 iPad miniが届いた。単体では問題なく作動し、モバイルWi-Fiルータを使って設定完了。しかし自分のMac BookはiPad miniを受け入れてくれなかった。OSはX 10.5.8 Leopard。iPad miniは、Mac OS X 10.6 Snow Leopard以降しか対応しない。
そこで今さらながら、Snow Leopardをアップルストアに注文した。いずれOSはアップグレードしなければならなかったろうし、いい機会だ。
どうせなら今年発表されたばかりのOS X 10.8.2 Mountain Lionまで一気にアップグレードしたいところだが、Mountail Lionは、2007年中期以降に生産された、プロセッサがIntelのMac Bookでないと対応しないという。しかし確かめる方法が分からない。

12-11-26 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
OS X 10.6.3 Snow Leopardが届いた。早速Mac Bookをアップグレードすると、「このMacについて」からプロセッサがIntelと分かった。そこから先はApp Storeからオンラインで、OS X 10.6.8 Snow Leopard、さらにOS X 10.8.2 Mountain Lionへと順にアップグレードした。これで自分のMac Bookは、しばらくの間は何事もなく使えるだろう。
Snow Leopardの頃はメモやリマインダーはiPhoneで使っていただけだったが、Mountain Lionでは、iCloudによりMac BookやiPad mini、iPod Touchでもデータを共有して更新できるようになった。最新のデータはいつもiCloudにあり、どの機器に保存されているのか迷う必要がない。2枚の料金格安SIM(イオンSIMと楽天LTE SIM)、2つのSIMフリー機器(iPhone 3GSとモバイルWi-Fiルータ)、4台のWi-Fi対応機器(Mac Book、iPhone 3GS、iPod Touch、iPad mini)により実験するには非常にありがたい。

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iPad miniだけを使うためにモバイルWi-Fiルータも一緒に持って歩くのは、正直なところ荷物が増えて面倒に感じてしまう。しかし、Mac BookやiPod Touchを併用したり、他に友達がいたりする時には、モバイルWi-Fiルータはとても便利だ。
そもそも不満を漏らす前に、Wi-FiモデルのiPad miniが、Wi-Fi+セルラーモデルよりも1万円以上安いことを忘れてはいけない。Wi-Fi+セルラーモデルのSIMフリー機なら、さらに値段は高くなる。
そして自分にとって、モバイルWi-FiルータもSIMフリーというのが重要だ。Docomo、au、SoftBankといった通信大手の理不尽な契約に縛られない自由さが、自分向きなのではないかと思う。


2012-09-20

がんばれ中国!中国加油!

この写真は、中国の新浪微博 http://weibo.com/ (検索は http://s.weibo.com/ )で公開されたという。




中国雲南省西靖市学府路にあるアウディ契約販売店、曲靖铠煜商贸有限责任公司 Qujing Kaiyu Trading Co., Ltd. の従業員らしき14人が笑顔で「也要杀光日本人」(日本人は皆殺し)と書かれた横断幕を掲げている。

アウディジャパン株式会社は9月18日に遺憾と発表。
その中にあるドイツAudi本社のコメントは以下のとおり。
“We wish to categorically distance ourselves from this action. We believe that, as a company, it is not our place to comment on political matters. This is the job of politicians. However, we distance ourselves from any use of violence and advocate dialogue and diplomacy.”
簡単にいえば「この行為とは距離を置く」、自分とは関係ない、と。
このようなことがないよう、世界的な再発防止に努めるとも付け加えられている。

中国の人々に必要なのは自由だ。反日の先にあるものを、早く教えてほしい。
頑張れ中国!中国加油!

【欲求】★★★レベル3
他人を応援したい気持ちになることはあまりないが、今回はそう思う。

中国は豊かになったが、働いてもまだ手にすることができないものがあるだろう。
中国で販売されているアウディは、アウディの親会社であるフォルクスワーゲンと中国第一汽車集団公司との合弁会社である一汽大衆汽車(一汽フォルクスワーゲン)により、中国国内で生産されている。
アウシュヴィッツ第一強制収容所Auschwitzの門には "ARBEIT MACHT FREI"(働けば自由になれる)とある。
アウディは買えたとしても、自由はどうだろうか。

ドイツAudi本社は、他人事にどうやって責任を持って対処するのか、いずれ見せてくれる。企業が利潤を追求し、巨大な市場である中国を重視するのは当然のことで、理解できる。しかしそれをわざわざ改めて示す必要はなかった。
精神的な満足を理解できる顧客として尊重されず、ただ物を与えればいいと見下されていることに、いずれは中国人も気がつく。その時アウディは、中国人にとってどんな車になるのだろう。

2012-06-04

ロードサービス

その日も被災地に向かっていた。
仙台の手前の高速道路を走っているとバイクの後輪が振れた。これは本格的におかしい。
しばらく前から、道路の継ぎ目に妙にハンドルが取られることに気づいていた。1時間前に休憩した時も、見た目に後タイヤの空気圧が落ちていて、触ると前タイヤと比べて柔らかめだった。目的地に着くまで持つと思ったが、いよいよ来たか。
追い抜いたばかりの車を左のミラーで確認し、左にウインカーを出しながら追い越し車線から走行車線に車線を変更した。減速すると後輪の振れがさらにひどくなり、後タイヤがボコボコいう音が聞こえ始めた。走り続けるのを諦め、さらに左の路肩に寄ってエンジンブレーキで減速していくと、白い煙が見え始めた。バイクが停まるに任せ、降りた。後タイヤが白煙を上げていた。ゴムの焦げ臭い匂いがした。タイヤの表面に小さな穴が見えた。何か刺さって抜けた跡だろう。パンクだ。


自宅から300km。路肩から馴染みのバイク屋に電話をかけ、状況を伝えると、その日のうちに修理して自走して帰るのは不可能と分かった。保険会社に電話してロードサービスを頼んだ。
天気がよかった。路肩のフェンスの外に出て地面に寝転がると、空には虹が見えた。待つこと1時間30分、次第に日が暮れていったが、長いとは感じなかった。ロードサービスが来てくれると思うだけで心強かった。


ロードサービスが到着すると手際よくバイクを積み込み、馴染みのバイク屋が紹介してくれた現地のバイク屋まで運んでくれた。
そして新幹線に乗り換え、自走するより早く帰宅したのだった。

【欲求】★レベル1
社会人として路上に停まったバイクは片づける責任がある。しかしロードサービスなしにはどうにもならなかった。助かった。本当に心強く、有り難いと感じた。

2012-06-03

Speedway GP スピードウェイ・グランプリ

シングルスピード、固定ギア、ブレーキなし、というと最近公道を走ると摘発されるいわゆる「ピスト」自転車を思い浮かべる。自転車が悪いからではない。乗る人の問題だ。
こんな人は乗ってもいいかもしれない。閉鎖された専用のトラックで速さを競うために作られた自転車を自在に制御して走り、曲がり、停まることができ、公道で周囲の交通と調和して安全に走ることができる。簡単にいうと、路上で安全に競輪ができる人。
どんな自転車でも、公道で走っていればいつか事故を起こす。その危険は常にある。事故を防ぎ、人が傷ついたり、命を失ったり、奪ったりするのを防ぐための準備は、自転車にも、乗る人にも必要だ。
自転車に乗る時は、心にもブレーキを。


さて、もちろん公道から隔離されたレース場(ダートトラック)での話だが、シングルスピード、固定ギア、ブレーキなしのオートバイで行われる競技がある。スピードウェイ Speedway だ。チェコ、プラハで深夜に偶然テレビ中継を目にした。ネットで調べたところ、FIM(国際モーターサイクル連盟)の競技種目の1つとして認められ、世界選手権が行われている。日本語の詳しい情報が見当たらないので、日本のネット上でマシンの諸元まで紹介されるのはこれが初めてではないかと思う。
スビードウェイは、1周 260〜425mのダートトラックをオートバイで4周回する競技である。歴史は意外に古く、アメリカでは1914年以前から、イギリスでも1928年から行われている。
現在使用されているマシンは、エンジンは4ストローク空冷単気筒500cc、チェコのJawa社製またはイタリアのGM社製(日本のオートレースは4ストローク空冷並列2気筒599/498cc、スズキ製)。燃料はメタノール。点火プラグは1つ。キャブレターは1つ、径は34mmまで。サスペンションはフロントフォークにあるが、後ろはない。車重は77kg以上。チタン材料、エンジンの電子制御、過給器(ターボ、スーパーチャージャー)は禁止。地味だがいい内容だ。高価な先端素材を使った軽量化が制限された、比較的廉価な鉄のオートバイなので、その気になれば誰でも参加できそうだ。


走りもシンプル。スタートでクラッチをつなぎ、後輪をスピンさせてスライドしながら左コーナーを曲がると、ストレートで加速し、スライドしてコーナーリング、ストレートで加速、を繰り返して4周。最高速度は、ストレートが長いトラックで110km/h以上に達する。
世界選手権は3月から10月まで、世界各地で12戦を行い順位を決定する。ライダーは16人、うち15人はレギュラーで1人はワイルドカード。1回のレースはポイント制の予選20ヒート(ライダー16人、1ヒート4人、ライダー1人当たり5ヒート走る)ののち、準決勝、決勝が行われる。
昨年(2011)の覇者はアメリカのグレッグ・ハンコック。プラハで見たテレビ中継は5月26日にスウェーデンのイエテボリで行われた今季(2012)第4戦だったが、予備知識ゼロで見てもハンコックの走りは光っていた。次戦は6月9日のコペンハーゲンGP

【欲求】★レベル1
何がともあれ面白い。シンプルでローテクな鉄のバイクが、いかにもモーターサイクルらしい。それで世界選手権をやってしまうのだ。見たいし、できることなら自分も乗ってみたい(さすがにバイクが欲しいとまでは思わない)。日本でテレビ中継を見られるか分からないが、YouTubeで動画が多数公開されているので、関心のある方はご覧あれ。

それにしてもスピードウェイのマシンは日本のオートレースによく似ている。1949年に始まったオートレースは当初ダートトラックで行われていたというから、起源はスビードウェイだったのかもしれない。そう考えるとオートレースにも興味が湧いてくる。
オートレースは賭博の対象という、退廃的で消極的な印象を持っていた。しかしスピードウェイを知ったのがきっかけで見え方が変わった。モータースポーツではないか!
もしオートレースがアマチュアも参加できるモータースポーツの頂点として位置づけられたら、きっと印象が積極的な方向に変わることだろう。現状ではアマチュアが公営競技場で走るのは許してもらえないだろうから、代わりに小さなダートトラックと小さな排気量の軽いマシンでスピードウェイを体験したり、草レースに参加したりできる場があるだけでも十分だと思う。
日本人成人男性の平均体重は60kgを超える。オートレースの選手になりたくてもなり得ない人が過半数を占めるということだ。自分も含めた多くの人にとって、オートレースがただ見るものから体験できるものになったら楽しいに違いない。

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投稿後、ウィキペディアに「スピードウェイ・グランプリ」の項目があるのを見つけたため、タイトルを分かりやすく「スピードウェイ・グランプリ」に統一した。

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ロシア、ウラジオストクにある「旧式自動車歴史工学博物館」にスピードウェイのマシンが展示されていた。(地元の人は省略して「レトロ自動車博物館」と呼んでいた。)



町中にもレースを宣伝する大きな看板が出されていた。地元の、オートバイに興味のない人にこれは何かと聞くと「モトクロス」という答えが返ってきた。スピードウェイという特定の種目としてでなく、普通のオートバイのレースとして認識されているようだった。
このシンプルなマシンによるダートトラックレース、ロシアや東欧で盛んで、一般にも親しまれているようだ。

なお、ロシア国内にある自動車の歴史に関する博物館は、ウラジオストクの「旧式自動車歴史工学博物館」だけという。収蔵されている自動車はすべて走れる状態に整備されており、予約すれば借りて路上を運転できる。料金は1時間6000ルーブル。(※道路交通事情が日本とは異なるため、地元に住んでいる方でない限りお勧めしません。)
貸し出しは四輪のみで、残念ながらオートバイは借りられなかった。

2012-05-06

がんばろう東北!


遠野から来たというおじさんに尋ねられた。「この辺のこと詳しい?カーナビで橋があることになってるんだけど。あ、これのこと?!」
以前の場所に町が再建されることはない。でも、この橋の向こうにあった人々の生活が1日も早く元に戻るよう祈ろう。忘れてはいない。がんばろう東北!

【欲求】★★★レベル3
ちょうど1年前、避難所の運営を手伝って以来、被災地を再訪した。今、自分にできることは何だろう。

2012-05-02

ダーレ・オーエンの死を悼む

昨日彼が亡くなる以前から、ノルウェーの水泳選手と知っていた人は決して多くないだろう。
同じ平泳ぎの選手とはいえ、国体の決勝に行くのが関の山、命より選手生命が先に終わった自分とは比べるべくもない、彼が自らの心身に課し続けてきた、命が尽きるほどの負荷の大きさを想像すると胸が潰れそうだ。
ダーレ・オーエンを失った。訃報を受け、そう感じる。まだ26歳、才能に恵まれた選手が若くして亡くなるのは惜しい。

【欲求】★★レベル2
死を悼み、悲しみを分かち合うことは、人とつながりを持つことに他ならない。

2012-04-26

水泳技術の歴史を調べる(板子乗り編)

Hollow Wooden Surfboard 木のサーフボードを作る
水泳技術の歴史を調べる から続く

日本では古くから波乗りをしていた。水泳技術の視点から見ると、波乗りとは今日でいうボディサーフィンで、水泳の応用技術として体系化され、板子(ボード)は補助手段であった。

大正13年(1924)に出版された「日本體育叢書 第十二編 水泳」(佐藤三郎著、目黒書店)には、板子乗りについて詳しく記述されている。
「(前略)濤乗りの練習には先づ板子を以て練習するがよい。
(中略)練習の初めには足先の着き得る浅瀬で試みるがよい。濤頂を待って濤が小さいときは濤頂が三尺位大きい時は一間程も後に來た時、底を蹴って跳び出し(第百三十三圖)體をなるべく平たく、短距離のクロールの姿勢になり、板子を持つたときは片手で支へて足はバタ足を細かく使ひ片手で片抜手を速く細かく使つて乗る。一旦乗つたら手は兩手とも板子にかけ、足はバタ足を使つて少しづつ濤から残されるのを防ぎながらいけば岸邊まで乗つて行ける。(第百三十四圖)(後略)」


なお、板子の使用法については次のように述べられている。
「板子を使用する場合は主として次の三の場合である。
1、溺るるものを救ふとき又は遠泳などで非常に疲れた者を救ふときに持つて行くとき。
2、難船等の場合一身を救ふため。
3、始めて泳を學ぶとき。
(中略)縦に板を用ふる法
百廿六圖のやうに板を縦に用ひて泳ぐのであるが。板は腰骨に當て體は板に乗りかゝるやうにし先手の肱から曲げて腕を斜に板の上に置き指は他方の縁を握り、足を扇り受け手を片抜手一段の要領で掻いて進む。此時板の先端は水面から四五寸出して水面を辷るやうな気持で泳ぐがよい。(後略)」


板子は浮力体として、今日のパドルボードやライフセービングのレスキューボードの役割を果たすことが認められていた。

以上、日本の中空木製サーフボード製作の先駆者、nobbywood surfboards 代表の大川信仁氏が板子乗りの情報を求めているのを知り、大川氏に敬意を表すべく、自分が知っていることをこのブログに書いた。

水泳やボディサーフィンは時代や国を超越した文化と言える。大正時代の日本で技術が体系化されて記録に残され、たとえ一時的に忘れられても容易に再現できるのは誇るべきことだ。先人が築いた文化をこれからも大切にしたい。津崎亥九生、佐藤三郎両氏は、自分の著作が100年後にインターネットで紹介されるとは思いもよらなかっただろう。それができて光栄だ。

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水泳史上、練習の補助具(今日の「ビート板」)として、日本の板子と西洋のボードが共存した時代があった。

 

昭和初期、齋藤巍洋(1902-1944)が2冊の本を著した(ともに三省堂)。写真左が「新日本水泳術 昭和9年(1934)より、アメリカ代表選手、ヘレン・マディソン Helene Madison(1913-1970)。右が「日本水泳読本」(昭和12年(1937))より、日本代表選手、根上博(1912-1980)。
マディソン選手は昭和7年(1932)のロサンゼルス五輪で3個の金メダルを獲得。根上選手は昭和11年(1936)のベルリン五輪で5位。
齋藤巍洋は大正13年(1924)のパリ五輪100m背泳ぎで6位。大正14年(1925)の第1回日本選手権水泳競技大会100m自由形で優勝。昭和10年(1935)にブラジルに派遣されて指導に当たり、翌年のベルリン五輪に役員として参加した際のエピソードや写真は「日本水泳読本」に紹介されている。

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改めて板子乗りについて調べた。

板子乗りが水泳技術の体系とは別のものとして行われていた例もある。文政4年(1821)、現在の山形県鶴岡市湯野浜で、付近に住む子どもが瀬のし(板子乗り)をしていたと記録されている。

板子乗りが一般に親しまれるようになったのは、開国して日本に海水浴の習慣が持ち込まれたのち、明治中期頃からで、海水茶屋の板子の貸し出しが普及に寄与したようである。板子の中には、海水茶屋の馴染み客がスポンサーとして宣伝のために寄贈した商標入りのものもあった。

日本でサーフィンが始まった1960年代以前、少なくとも山形県(鶴岡市)、新潟県、千葉県(いすみ市、勝浦市)、東京都(八丈島、新島)、神奈川県(三浦市、鎌倉市、藤沢市、茅ヶ崎市、大磯町)、静岡県(熱海市、下田市)、愛知県(田原市)、鳥取県、徳島県で板子乗りが行われていた。

増補 鎌倉の海」編集委員会の「増補 鎌倉の海」(鎌倉市海水浴場運営委員会、平成6年)に収録されている『座談会「愛されて100年 鎌倉海水浴場」』から、明治末〜大正初期には、由比ガ浜などでボディサーフィンや板子乗りが行われていたことが分かる。また俳人、高木晴子の「鎌倉育ち」によると、昭和初期の由比ガ浜で、女性や子どもが足が立つところで波を待ち、板子を補助に波乗りをしたという。

内藤千代子(1893-1925)「生ひ立ちの記」(牧民社、大正3年(1914))の「觀喜に輝ける夏」(P.52)から、当時女性が板子乗りをしたことが分かる。

幼女の友」第16巻第8号(幼女の友社、昭和7年(1932))に当時の海水浴の様子が紹介されており、板子が子どもが海水浴で遊ぶための浮き具として登場している。

日本のサーフィンの父、坂田道(おさむ)氏(1937-2012)の話から、昭和30年代後半、湘南に板子乗りがいたことが分かる。

板子乗りは、サーフィンの普及とともに次第に姿を消していった。高度経済成長期、主要な燃料が石炭から石油へと転換し、鉄鋼業や機械工業が製造業の中核となり、日本が本格的に工業国となった頃である。それまであったものが廃れ、新しいものに置き換えられた時代だった。

板子の寸法は幅30cm(1尺)、長さ45〜90cm前後(1尺5寸〜3尺)、厚さ2〜3cm(7部〜1寸)という。ノーズに板子を握るための横長の穴が開けられたものがあった。
大磯町郷土資料館板子が収蔵されている。旧新橋停車場鉄道歴史展示室で昨年8月2日から11月26日まで行われた企画展「日本の観光黎明期 山へ!海へ!鉄道で」でも同館の板子が展示された。神奈川県立湘南海岸公園サーフビレッジには複製品が展示されている。

2012-04-22

水泳技術の歴史を調べる


水泳には30年間、競技者として関わった。泳ぎ始めた小学生の頃から用語に横文字が多いのが気になったが、しまいに引退する頃には練習メニューが英語で書かれる時代になっていた。アメリカやオーストラリアといった英語圏の水泳大国から学ぶことが多いのは分かるが、義務教育で英語を習っても話せる人がほとんどいない国で英語でメニューを書く意味が理解できない(欧米か?!) 。
日本の競泳は現在でも国際的な競技力を保っているが、戦前まで遡れば世界を席巻した時代があった。その頃ならメニューも堂々と日本語で書けていたろうに。

人類にとって、泳ぐのは特別なことではない。それ故に技術は地域により様々で、スポーツとして体系化されていないこともある。例えば1875年、横泳ぎが最も速い泳ぎ方だったイギリスの競泳に「トラジオン泳法(Trudgen Stroke)」という、横泳ぎのあおり足(Scissor Kick)にクロールの両腕を組み合わせた技術が導入された。競泳史上最大の技術革新と言われるが、基になったのはイギリスの船員、ジョン・トラジオン John Arthur  Trudgen(1852-1902)が南米の先住民から学んだ泳ぎ方だった。これにより、それまで平泳ぎで行われていた水球のプレーも様変わりしたという。トラジオン泳法が発展した結果、今から100年ほど前の20世紀初頭、今日最も速い泳法であるクロールが完成した。
しかしこのクロールも、日本の古流の泳法では「小抜手」または「バタ足小抜手」と呼ばれ、技術的には西洋のクロールが確立する以前から存在していた(ただしそれほど速く泳げる技術とは考えられていなかった)。

泳ぐ技術が変われば、泳ぎを教える方法も変わる。今の日本では、最初にクロール、最後にバタフライを教える。しかしクロールが完成したのはほんの100年前、バタフライが種目として確立したのはわずか50年ほど前のことだ。それ以前は、どちらも教えられる由もない。
ちなみに大正初期の日本では、最初に平泳ぎから教えるのが主流となっていた。アイスランド、スウェーデン、ドイツ、スイスといったヨーロッパの緯度が高い地域では、今でも最初に平泳ぎを教える。平泳ぎは腕を水面から上げることがなく、頭を水面から上に保つことができる。冷たい水に落ちた時、頭が水没したら命取りだ。平泳ぎは余暇活動としての水泳の域に留まらない、生存に必要な技術でもある。

話が長くなった。水泳技術の歴史を調べることはライフワークになっている。

【欲求】★★★レベル3
とはいえ、趣味で知識を集めるのは物欲に近いような気がしてならない。

水泳そのものについてはここまで。続く 水泳技術の歴史を調べる(板子乗り編) で、日本の伝統的なボードサーフィンに触れる。

では、前振りを。
江戸時代に発達した水術(日本の古流泳法)には、泳ぐための基礎的な技術だけでなく、救助法や波乗りといった応用技術も含まれていた。日本赤十字社の水上安全法はその伝統を受け継いでいる。
波乗りは残念ながら途絶えてしまったが、記録からその様子を知ることができる。その完成形はボディサーフィンで、板子は初心者向けの補助手段と考えられていた。

今から98年前、大正3年(1914)に出版された「游泳法と其實際」(津崎亥九生著、敬文館)には、競泳、遠泳、飛び込み等と並んで「濤潜、濤乗(波潜り、波乗り)」が挙げられ、当時日本で行われていたボディサーフィンの技術について記されている。


波潜りについてはこうある。
「(前略)濤頂の将さに崩れんとするときに、頭部を下げ兩輪伸を用いて濤を貫くのである。(以下略)」
今でいうドルフィンスルー。兩輪伸とは、腕は今で言う平泳ぎ、脚は扇足(あおりあし)の動作を組み合わせた古流の泳法である。 


また波乗りについてはこうある。
「濤乗には、浅瀬にてするものと、底深き所よりするのとの二種類がある。
浅瀬にて乗るには、濤頂が凡一間位の後方に來たときに足尖にて水底を蹴つて足尖と濤頂に入れ兩臂を前方に伸ばして躄脚を急速に行ひ、十分に濤に乗り切れたる時に蹙足を止めて之を伸ばし、濤頂と共に進退するのである。(第八十三圖)然れども未熟の間は濤に捨てられて取り残さるゝ事があるから、其時には一方の臂を前方に伸ばし、他の臂にて小さき抜手を用ひて其前進を助くるがよい。
(中略)
深き所にて游ぎ居るときに乗らんとするときには濤頂が體の後方三尺位の所に來りて體の後半部上揚するとき、體の前半部を少しく下げて両臂を伸し、兩脚を伸すや直ちに小さき蹙足を用ゐ、全く乗り終りたるときに蹙足を止めて脚を伸ばす。」
蹙足はバタ足。片腕を前方に伸ばし、反対の腕でクロール(抜手)をする動作や波に乗った姿勢は、現在のボディサーフィンと同じ技術である。図に描かれた、腕と脚を伸ばした抵抗が少ない姿勢で波頂とともに前進する泳者は、安定すると同時に躍動感があり、当時の技術の高さを示している。
中略した部分には板子を補助に用いる方法が記されているが、それについてはもう1冊の本から詳しく紹介しよう。


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波乗像@湯野浜

向井宗之の「水泳術教範」(帝国尚武会、明治45年)に、当時江ノ島付近で行われていたボディサーフィンの様子が記されている。テイクオフの補助に板子を使うため、板子乗りとも言える。水泳技術との関連は不明。

向井宗之「水泳術教範」(帝国尚武会、明治45年)P.100

増補 鎌倉の海」編集委員会の「増補 鎌倉の海」(鎌倉市海水浴場運営委員会、平成6年)に収録されている『座談会「愛されて100年 鎌倉海水浴場」』から、明治末〜大正初期には、由比ガ浜などでボディサーフィンが行われていたことが分かる。純然たる鎌倉生まれの者は、波乗りに板は使わなかったという。こちらも水泳技術との関連は不明。

Hollow Wooden Surfboard 木のサーフボードを作る

現代のサーフボードは主に発泡体でできているが、昔は木で作られていた。ハワイの歴史を紹介するテレビ番組の中でそれを知った。しかも板の中身は空という。興味が湧いた。

インターネットで検索すると、中空木製サーフボード(Hollow Wooden Surfboard)の関連サイトやブログが見つかる。いずれも完成品やキット、図面を販売したり、作り方を紹介している。YouTubeでも作り方を紹介する動画が多数公開されている。自分にもできそうな気分になった。面白そうだ。
Paul Jensen Surfboard
Wood Surfboard Supply
Hack's hollow wooden surfboards (Bahrman Rails)
Grain Surfboards
Chesapeake Light Craft

【欲求】★★レベル2
単に欲しい、には留まらない。作りたい。かといって見事なボードを作れるようになりたいという強い野心はない。むしろ世界のいろいろな人とつながりを持ちたい気持ちが大きいだろう。実現するかは分からないが、いつか作ってみたい。

そう思ったのは数年前のことで、いつか誰にも言わずに始めようかと思っていたら、日本に先達を見つけた。千葉市の nobbywood surfboards では、2007年から木製サーフボードを製作していた。

美しい木目のボード。フィンボックスがついている。

代表のnobbyこと大川信仁氏は、ホームページで日本の伝統的なボディボード「板子乗り」の情報を求めていた。そこで、日本の先駆者に敬意を表して板子乗りについて書こう。

▶ 水泳技術の歴史を調べる へ続く

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サーフィン雑誌「Blue.」No.35、2012年6月号の「誇り高き日本のクラフトマンたち」に、nobbywood surfboardsの大川信仁氏が紹介されている。
その製作技術や細やかな配慮に驚いた。作業台や工具を自作。材料の桐は新潟県津南町産、ボードに使う材料は1本の木から取り、組み合わせる時には木が育ってきた方向(根から空へ)を揃える。重量配分はフィンをつけた状態で理想的になるようにする。表面はグラスファイバーでなくニスを塗り重ねる(13回以上!)。記事の最後に「モダンウッドボード」という言葉が出てきたが、それがふさわしく思えた。


2年ほど前、Wood Surfboard Supply から「Building a Hollow Wooden Surfboard v8.3」という中空木製サーフボードを自作するための手引きを買ったが、内容は初心者向きで、主にベニヤ板と接着剤で中空木製サーフボードを作るというものだった。大川氏のボードは、さすがにこれとはレベルが違う。脱帽。
特筆すべきなのは、サーフボードの材料が木で、表面はグラスファイバーの積層ではなくニスを使って仕上げること。サーフィンなどのウォータースボーツは、自然に親しんでいるようで、実は道具はガラス繊維や炭素繊維で強化されたプラスチックなど自然界には存在しない材料を多用しており、一般的なフォームを使ったサーフボードの製作過程には、防塵マスクをつけた作業工程が必ずある。人体に有害だからだ。これにはどうにも違和感がある。しかし木のボードなら、最後は土に還ることもできる。ウォータースポーツが、持続可能になるのだ。
改めて Wood Surfboard Supply の手引き書について調べると、ここ数年でかなり充実しているようだ。この分野に興味を持つ人が増えて全体のレベルが上がったのだろうか。
楽しいことはみんなやりたいのだ。いつかこっそり始めようなんて無理な話だったが、自分と同じように木製サーフボードに関心のある人が多いと分かり、嬉しく思う。

アルファベットの名前を漢字に翻訳した本を書く

アルファベットの名前を漢字で書いてほしいとリクエストされることがよくある。多くの場合、音だけ漢字にする。今まで見たことがある例は、例えばマルティンは「丸点」、アンドレアは「安土麗亜」など。中国語で(鉄腕)アトムが「(铁臂)阿童木」になるのに似ている。皆誇らしげに見せてくれるが、漢字の意味が分かる側から見れば、ヤンキーの落書きみたいな名前をあてがわれてかわいそうな気持ちになる。

アルファベットで書かれた西洋の名前は、漢字の名前と違って、あるのは音だけで意味はないように思われていることが多い。時には、特に若い人は、本人ですらそうだ。しかし実は、西洋の名前にも、宗教や伝承などにちなんだ意味がある。意味が分かれば名前は翻訳できる。それを意味する、名前に使われそうな漢字を当てるのだ。それなら、漢字の意味が分からない相手に、あり得ない名前を授けずに済む。

アルファベットの名前を漢字に翻訳してまとめた本があれば、誰にでもこれができる。最近はインターネットでもある程度調べられるようになったが、母語がアルファベット表記の人たちが、たくさんの名前が翻訳されてきれいな漢字で書かれ、一冊の本のまとめられたものをめくりながら、家族や大切な人の名前を探すのは、きっと楽しいに違いない。それが異文化理解にもつながる。本を書くことで手伝いができたら嬉しい。

【欲求】★★★レベル3
珍しく、人のために何かしたいと素直に思う。それには、人とのつながりを求める気持ちも多分に含まれているだろう。

ヨーロッパにいた頃、世話になった友達やその親戚の名前を漢字に翻訳してプレゼントして喜ばれた。白いカードにボールペンで、できるだけ丁寧に書いたが、お世辞にもうまいとは言えない字を居間に大切に飾っている人もいるという。有り難いことだ。その後、訳が進まないまま10年が経過した。作りかけのデータベースもそのままだ。
気に入っている訳がある。ハンスは「寛善」、音も似ていると彼の息子が喜んでいた。その息子のフーコーは「解覚」、禅の雰囲気もある。どちらもスイスで大変世話になった人たちだ。人柄に合わせて訳した漢字の名前を見ると思い出が蘇る。彼らに感謝したい。Ich moechte noch Mal schreiben, vielen Dank. Wieder luaekae!
もうひとつ。ヘレンやヘレナは太陽を意味するので「陽子」さん。ヘレナは、真冬のストックホルムのユースホステルで、深夜に同じ机で勉強していた。彼女はフィンランド出身でヘルシンキで会社を経営していたが、仕事の傍らストックホルム大学院で勉強しており、定期的にストックホルムに来ていた。世界には息を吸いながら音を発する言語もあることを彼女から学んだ。

2012-04-10

SONIM XP5300 FORCE 3G 世界最強の携帯

この携帯は、25mの高さからコンクリートの地面に落下させた後でも使える。建設業や林業の現場など、高所での利用も考慮して作られ、世界最強の携帯としてギネスブックに認定されている。
XP5300 FORCE 3Gは、仕様を見る限り日本でもDocomo、ソフトバンク、b-mobileのSIMで使えるようだが、定かではない。
(※Sonim製品と各社SIMの購入および使用は本人の責任で行ってください。)

Sonim Technologies社はアメリカ、カリフォルニア州サンマテオの会社。キャッチコピーは「Build for Life」、厳しい環境で働く人のために世界最強の電話を作る会社と自認している。

【欲求】★レベル1
物欲。しかし日常には余る頑丈さ。残念ながら今のところ日本語版はないようだが、必要な方にぜひ使ってほしい。

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見つけて以来、時々 amazon.de から売り込みが来る。本日現在の価格は€369.89。送料と関税込みで45,000円ほどで入手できるのではないかと予想される。

2012-04-08

SIMフリー iPhone 3GS + イオンSIM

以前はソフトバンクのiPhone 3GSを使っていた。しかしソフトバンクの携帯は、東日本大震災の直後、被災地付近では機能しなかった。そのためDocomoに替えた。
Docomoのスマートフォンには満足している。通話エリアが広く、電波も安定している。ただし料金が月額7,000円を超えるのは痛い。
SIMフリーのiPhone 3GSb-mobileのイオンSIMを組み合わせると、データ通信のみで月額980円〜、音声通話つきで月額2,270円〜の料金で済む。通信速度を抑えることで料金も抑えているが、使い方によっては問題ないだろう。災害時にはメールやツイッターといった文字情報が主力になることを考えると、普段通話をほとんどしない人なら、データ通信のみのSIMでもいいかもしれない。端末はデザインにこだわらなければiPhone 3GSで十分。
そしてb-mobileは、実際にはDocomoのネットワークを使っている。これは大事なことだ。

【欲求】★レベル1
物欲。それには携帯やデータ端末で人とつながりたい願いも含まれているのかもしれない。

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イオンSIMを購入。イオンの店頭で、契約時の手数料3,150円を支払って申し込むと15分ほどで手続きが完了し、SIMを手に入れた。選んだプランはデータ通信のみで月額980円。毎月の料金はクレジットカード払い。同じデータ通信ならばプランの変更ができ、ネットで手続き可能。音声通話つきの場合はSIMが別物のため、プランの変更ができず、新規の契約になるということだ。

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一昨日(土曜日)、EXPANSYSにSIMフリーのiPhone 3Gを注文したが、2日経った月曜の夕方、まだ手続きが完了していないとメールが届いた。英語で書いた送り先の住所を知らせてほしいという。PayPalで決済した時、確かに日本語表記の住所を選択した。EXPANSYSのホームページがすべて日本語に対応していたためそうしたので、送り先の住所が英語というのは違和感があったが、調べると同社の日本部門は香港にあった。英語表記の住所を知らせると、追って出荷を知らせるメールが届いた。出荷元は香港だった。
注文時に在庫数が1個で、注文してからはずっと在庫なしになっているが、送り先の住所が英語で表記されていなかったという問題はあっても、受注した順番を守ってくれたようだ。謝謝。

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SIMフリーのiPhone 3GSがFedExで香港から到着した。梱包にダメージなし。開封し、バッテリーが空のため、まずはUSB端子から充電。付属のACアダブターはAC220Vのイギリス規格で、ごつい四角いピンが3本飛び出しており、香港でも使われている。充電後、イオンSIMを差し込み、b-mobileの設定方法に従ってネットに接続完了。結果は、月額980円のプランでもGmailの送受信が問題なくできた。通信速度は気のせいか遅く感じるが、Docomoのスマートフォンでも瞬時に送受信できるわけではないし、そもそもメールを書くのに時間がかかっていることを考えれば大した問題ではない。使ってみての印象は、考え方次第では月額980円で十分だ。

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月額980円のイオンSIMとiPhone 3GSの組み合わせは、Gmailの送受信は全く問題なく、通信速度が遅くてストレスを感じることもない。
DocomoのスマートフォンのSIMは以前使っていた普通の携帯に戻し、同時にDocomoの契約内容を変更した。Docomoのメールは使わないことにしてSPモードメールもパケ・ホーダイもやめ、料金プランは元々通話がほとんどないのでタイプSSバリューにした。その他割引を組み合わせると、利用料は月額875円になった。
イオンSIMのiPhone 3GSとDocomoの携帯、利用料は月額980+875=1,855円。Docomoのスマートフォンは月額7,000円を超えるので、それより月額5,000円以上安く、年間60,000円以上節約できる。この結果には満足している。

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iPhone 3GSの到着から10日余り、FedExから関税の請求書が届いた。1,500円。

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b-mobileのiPhoneとDocomoの携帯、2台持ち歩くのは煩わしい反面、便利なこともある。携帯で話をしながらiPhoneで検索したり、メモを取ったりできるのだ。
バイクで高速道路を走行中、後タイヤがパンクした(前なら死んでいた)。自宅から300km離れた地点だった。路肩にバイクを停め、携帯で馴染みのバイク屋に相談した。状況を伝えると、その日のうちに現地で修理して乗って帰るのは無理と判明した。そして保険会社のロードサービスを呼び、高速を降りて、バイクを馴染みのバイク屋から紹介された現地のバイク屋まで運んだ。その日はバイクを置いて新幹線で自宅に帰ったが、現地のバイク屋が車で最寄りの駅まで送ってくれた。親切で助かった。
携帯でバイク屋や保険会社の担当者と話をしながら、iPhoneで検索したり、メモを取ったりできたのは、非常に便利だった。

この一件で、モバイル通信機器が本来の力を発揮するのは非日常の状況なのだと思い知らされた。ちなみにパンクした地点は山の中だったが、Docomoはつながった。ソフトバンクなら怪しいもので、自分ではどうにもできなかったかもしれない。やはり通話エリアが広いことは重要だ。

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通信速度が1日の時間帯でかなり差があることに気づいた。日中は遅く、夜は速い。特に深夜は通信速度が速くなったと錯覚する。原因は、周辺の使用状況によるのだろうか、定かではない。
差があるとしても、そもそも使用料が安く、災害時にDocomo回線で文字情報の送受信をするのに支障がなければ個人的には問題なし。

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ドイツのミュンヘンとフランクフルト、チェコのプラハで、電話回線でデータ通信できなかった。ローミングできなかったのだろうか。自分が何か手続きを怠ったのかもしれない。(ちなみにDocomo携帯はローミングで回線がつながっていた。プラハでは3Gの表示も見えた。)ただしローミングできたとしても後で多額の料金を請求される可能性があったので、できなくてよかった。
現地ではWi-Fiを使った。空港、ホテル、会議場のWi-Fiは通信速度が速くて快適だった。まったく問題なし。
ちなみにDocomoのスマートフォンには海外パケ・ホーダイ、ソフトバンクには海外パケットし放題がある。だがソフトバンクは、東日本大震災の直後にほとんど機能しなかったことの埋め合わせには、残念ながらならない。
b-mobileの選択は揺るがない。iPhoneがDocomo回線で安い料金で使えるのだ。多少不便でも使い方は自分で工夫すればいい。何の文句もない。

12-06-03 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
今さらながら、日本国内でも使える場所なら通信速度が速いWi-Fiに切り替えた方がいいと気づいた。Wi-Fiがない場所ではb-mobile(=Docomo)回線を使う。そして使用料が月額980円と低額で済む。これが「SIMフリー iPhone 3GS + b-mobile イオンSIM」の利点を生かす使い方のようだ。

12-07-07 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
韓国の仁川空港、ロシアのウラジオストクでも、やはりb-mobileはローミングできなかった。しかしWi-Fi環境が充実しており、メールの送受信に困ることはなかった。特にウラジオストクではホテルやレストランで無料Wi-Fiが使えた。この点では日本より上。

12-10-03 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
カナダはトロントのピアソン国際空港と市内のホテル、アメリカはワシントンDCのダレス国際空港と市内のホテル、いずれもWi-Fi環境が充実しており、メールの送受信は問題なくできた。現地で地図を見たり、バスなど移動の手配もでき、非常に便利だった。

12-10-05 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
月額980円の情報通信専用SIMが、楽天からも発売された。しかもLTE。

12-11-05 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
楽天LTEのSIMが入ったモバイルWi-Fiルータを持つことになった。
楽天SIMは、通信量の条件つきとはいえ、イオンSIMよりも圧倒的に速く、月額使用料は同じ980円。
日常生活の中で、通話はしないSIMフリーiPhone 3GSは、通信速度が速いSIMが入ったモバイルWi-Fiルータが中心、イオンSIMはバックアップとしてうまく使えるのだろうか。
ただし、もし災害時に文字情報で通信することを考えたら、同じDocomo回線を使うイオンSIMと楽天SIMは、どちらか1枚あればいいように思える。どちらにするかは、ユーザーの使い方次第だろう。

13-02-11 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
iPhone 3GSを落とした。中国、甘粛省蘭州市の路上で写真を撮り終え、ポケットに入れようとした時、手が滑った。歩道には石が敷かれていた。ガシャンと音がした。拾い上げると、タッチスクリーンにひびが入っていた。愛用していたマグプル製のケースに入っていたが、さすがに衝撃に耐えきれなかったようだ。修理して使うか、迷っている。


2012-04-03

カホンペダル Schlagwerk CAP100

カホンは左右両手で叩いて演奏する楽器である。両脚は、特殊な奏法を除いて、カホンの上に座った上体を支える役割を果たしている。
一方、ドラムセットに向かうと、右足にバスドラムのペダルがある。脚は普段から体重を支えているだけのことはあって強く、ペダルを踏むと力強い低音が出て気持ちがいい。
カホンでペダルが使えたら?左右の手以外に、足でも音が出せる。そして気持ちいいに違いない。これは試してみたい。

【欲求】★レベル1
物欲である。買うだけで何かが変わるわけではなく、それを使ってどんな経験するかは自分次第だが、好奇心をわくわくさせるものがあった。このペダルがあれば、今まではフラメンコの伴奏中心だったのが、演奏する分野がロックにも広げやすい。いろいろな音楽仲間と演奏したい気持ちもあるし、うまく演奏できるようになりたい自分もいる。

12-04-02 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
インターネットで注文した。何件か店を見つけた中で、ドイツのトーマン・サイバーストア thomann cyberstore を選んだ。ホームページが親切にできていた(元になっているホームページの制作会社は旧東ドイツのエアランゲンにあり、ドイツ初のインターネット市場らしい)。ドイツはSchlagwerkの母国で、トーマン楽器店は何度となく訪れて住んだこともあるバイエルン州にあり、社長のハンス直通のメールアドレスも公開していた。値段は€158.82、送料込みで€208.82。日本への送料はDHLで一律€50と明示されていて安心だった。
日曜の深夜に顧客登録をすると折り返し確認のメール(1)で返信があった。注文すると受注連絡のメール(2)が届いた。数時間後、顧客センターにアクセスできるようになったとのメール(3)が届いた。さらにその数時間後、中間報告のメール(4)が届き、注文から約24時間後の翌日深夜には発送を知らせるメール(5)が届いた。梱包の重量9kg、問い合わせの担当者名も書かれていた。海外通販で、顧客登録から発送まで24時間の間にメールが5通も届いたのは初めてで嬉しくなった。ここに注文してよかったと思った。通関を過ぎて手元に届くまで7〜10日ほどかかるだろう。到着が楽しみだ。

(同じドイツで、ここより€10ほど安い店があったが、注文の前に顧客登録をすると自動返信がなく、送料は別途請求でいくらか分からず、クレジットカード(AMEX)で決済しようとしたらカード会社から不正使用を注意するメールが届いて決済できず、PayPalでも決済できると書かれてあるのにできなかった。怪しいと感じて登録したクレジットカードの情報を削除した。)

12-04-09 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
品物が到着。日本郵便から配達された。発送元は Deutsche Post 。間にDHLが入ったかは分からないが、それはさておき、梱包の段ボール箱はダメージがなく、ドイツから送られてきたとは思えないほどきれいな状態だった。
AMEXからの請求金額は23,475円だった。日本国内では現時点で39,800〜42,000円で販売されているが、その4割引。40,000円ではとても手が出なかった。

12-04-23 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
ようやく梱包を開けた。本来なら荷物が到着したらすぐに開けて中身に問題がないか確認しなければならないのだが、年度末と年度始めで忙しく、カホンを叩く余裕がなかったため、しばらくそのままにしていた。それでも不安がなかったのは、段ボール箱にダメージがなかったのと、ハンス・トーマンを信用できたから。
段ボール箱を開けると、また箱が入っていた。


こんなことなら早く開けていればよかった。
それにしてもトーマンの梱包は丁寧だった。


ペダルは近日中に組立予定。

2012-04-02

父とイチローを見にシアトルに行く 改め トロントに行く

【12-07-24 イチローがニューヨークヤンキースにトレードされたためタイトルを変更しました。】

72歳になる父は野球が好きである。MLBの試合は、野茂がアメリカに渡り、NHKのBSが日本人選手が出場する試合を中継し始めた頃から見るようになった。ここ数年のお気に入りは、やはりイチローである。

父にはいろいろと迷惑をかけた。大学に進学するため実家を離れた時には4年間仕送りをしてくれた。就職してからも何度となく転職した時も、仕事を辞めてヨーロッパに2年いた頃も、無一文になって実家に帰ってきた時も、その後仕事が見つからなかった頃も、息子が心配だったろうと思う。応援してくれていたはずだったのに、「お前何しに外国に行ってきたんだ?」と後から言われた時には落胆したが、それも息子を思えばのことだろう。それでもいつの頃からか、信頼してくれるようになった。なぜかは分からない。そしてそれに応えねばと感じたりもする。

父には、覚えている限りではお返しをしたことがない。その昔、珍しく水泳の大会を見に来てくれた時には、表彰台の上でお行儀の悪いことをする息子に恥ずかしい思いをしただろう。あの時普通に振る舞っていたら、父のいい思い出になり、親孝行できていたかもしれない。

思い立って父に聞いてみた。イチローが現役で活躍しているうちに、シアトルにマリナーズの試合を見に行かないか?と。まんざらでもない表情だった。そしてついでに観光でもするかと聞くと、別にいいと言うあたりが父らしかった。
それから4年経つが、計画はまだ実現していない。今シーズン(2012年)のマリナーズの最終戦は10月3日、ホームでのエンジェルス戦である。それまでの間に、行けるのだろうか。

【欲求】★★レベル2
柄にもなく、父の息子であり、家族の一員でありたいと願う自分がいる。そして父に認めてもらいたい気持ちもあるのかもしれない。

12-06-22 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
父に電話してパスポートを取るよう伝えた。そして9月20日発、シアトル行きの航空券を予約した。9月21日、22日、23日はマリナーズ対レンジャーズ3連戦。
仕事は休めそうだ。今年は前半が本当にきつい。9月末も暇ではない。職場には悪いが遅めの夏休みを取らせてもらおう。

12-07-09 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
父にどの席に座りたいか尋ねると、1塁側の内野と外野の境目あたり、1塁ベースがよく見える席がいいという。1塁側がないなら3塁側の同じ位置。父の希望を確かめてからマリナーズのホームページを見た。すると前方の列のいい席は既に売れていた。慌ててできるだけいい席を確保した。3試合、各2席、合計6席。料金は約500ドル。自分としては、野球観戦に費やす金額としては十分大きい。もっと早く気づいていれば、父がもっといい席で試合を見られたかもしれないと思うと心残りだが、あまり高い席では父も気を使うだろうから、これくらいでよしとする。

12-07-24 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
朝、電話で目が覚めた。父からだった。イチローがシアトルマリナーズからニューヨークヤンキースへトレードされたという。驚いたが、シアトル行きはキャンセルしてやり直そうと、迷わず父に伝えた。
夕方、仕事が終わると、ヤンキースの試合予定を調べ、どの試合が見たいか父に尋ねた。9月14日、15日、16日にホームで松井秀喜が所属するタンパベイレイズとの試合があるが、松井はシーズン終盤までチームにいるか定かでないという。他にはアスレチックス、ツインズ戦など。父が選んだのは、9月27日から30日まで、アウェイのトロントブルージェイズ4連戦だった。ニューヨークは行ったことがあるからトロントがいい、と父。自分的にはニューヨークに行く機会を逃したが、今回の旅行は父のためにある。父の希望を優先しよう。
シアトル行きの航空券をキャンセルした。キャンセル料は2人分で60,000円。ホテルは幸いキャンセル料は取られなかった。9月21、22、23日のマリナーズ対レンジャーズ戦のチケットはキャンセルできず、約40,000円を捨てることになる。行く人がいれば譲りたいが、仕方がない。アメリカ入国のためのESTA登録も既にしていたが、トロントへの往復の途中でアメリカのどこかで足止めを食らった時に役に立つかもしれない。

12-09-12 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
トロント行きの航空券を手配した。仕事が忙しい時期が続いたが、合間に何とかできた。帰りはワシントンDCにストップオーバーする。はからずもESTA登録が役立つことになった。ホテルも球場のチケットも予約した。ついでにワシントンDCではセグウェイのツアーも予約したが、父にはまだ内緒である。
父に、ナイアガラの滝に行ったことがあるか聞くと、ないという。家族で誰か行ったような気がしたが、妹だった。カッパと濡れてもいい靴を用意するよう父に伝えた。

12-10-06 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
父とともに、トロントで9月27・28・29・30日の4連戦を観戦した。イチローが所属するヤンキースは2勝2敗。ヤンキースのジーター、イチロー、Aロッドと続く打順は見てみてわくわくした。しかし打線がつながらない展開が多かった。6番打者、グレンダーソンは打率は低いが今シーズンのホームラン本数はチームで1番の打者で、この4連戦でも期待していたが、ランナーが出塁する中で一発が出なかった。
イチローは4試合にフル出場。ライトでグラブの先端からボールがはみだしながらも捕球したファインプレーが、3塁側の内野席からばっちり見えた。父は満足してくれたようである。
その後ヤンキースは、ボストンでの3連戦の最終戦で地区優勝を決めた。トロントではお預けとなったグレンダーソンのホームランも出た。

父にはこれが最後の海外旅行となるかもしれない。
トロントには4泊5日だったが、父が海外で最も長く滞在した町となった。清潔で、整然とした街並みでは迷うこともなく、過ごしやすいところだった。グレイハウンドのバスに乗り、ナイアガラの滝にも行った。ワシントンDCではセグウェイツアーに参加し、ホワイトハウスやスミソニアン国立航空博物館も訪れた。


言葉が通じない、行ったことのない土地で、現地に到着してから情報を仕入れ、野球を見に行ったり、公共交通機関を使って移動したり、レストランで食事したり、父1人ではできないことばかりだったろう。それに同行し、トラブルもなく無事に帰って来たのだから、自分としてはよく働いたと思う。
旅費はすべて息子持ちである。シアトルのキャンセル料も含めてそれなりにかかった。しかし全部でいくらかは、怖いので足し算しないことに決めた。その代わり、帰国してすぐに銀行の預金の残高を確認した。幸い、冬のボーナスまでの間、自らの欲求と仲良くしながら過ごせる程度の額は残っているようである。

2012-03-27

はじめに

 このブログの目的は、受け手の側から欲求を発信して作り手に働きかけることより、創造の一助となることです。


 欲求は人間の行動の根源です。どんな人にも欲求はあります。欲求は価値により満たされます。ここでいう価値とは、肉体的、精神的な欲求を満たす性質のことです。
 価値は作り手が生産します。作り手とは、企業、職人、芸術家、趣味人といった、量や質をにかかわらず何らかの価値を生み出すあらゆる種類の集団や個人のことで、土地、設備、技術、原材料、労働力を用いて、財やサービスといった価値を生産します。作り手が生産した価値は、受け手が消費します。
 このブログのライターは、受け手に当たります。このブログでは、理事長、理事、組合員からなる複数のライターが、各自の様々な欲求や衝動に向き合い、受け入れ、ありのままを表現しようと試みます。欲求に向き合うことにより、心の中の隠れた欲求に気づくこともあります。それがライターを変化させ、成長させることでしょう。

 ハンガリー出身のアメリカの心理学者、チクセントミハイ Mihaly Csikszentmihalyi (1934- )は、創造は作り手と受け手の相互作用から生まれる現象と考えました。彼の創造性のシステムモデルによると、創造性は個人(individual)、領域(domain)、場(field)が相互に影響し合い、交差するところにだけ見られる過程です。
 このブログは、その場の一部になれたらと願っています。受け手が気づいた新たな欲求を作り手に伝えることが、作り手の今までの概念を超える生産、すなわち創造へとつながるかもしれません。その逆もあり得ます。受け手は自分が何を欲しているのか、実は気づいていません。受け手の未知の欲求を察して満たすことが、作り手の創造へとつながります。

 欲求生活協同組合は、作り手に手がかりを提供することにより、創造的な活動に貢献します。


 とはいえ、このブログを実際にどう使うかは読者の皆さまにお任せします。いろいろな方にご覧いただき、楽しんでいただければ幸いです。
 なお、このブログに人格に宿るすべての欲求を表現することは適いませんが、何とぞご了承ください。


 このブログでは、欲求を3段階にレベル分けします。

-レベル1(E:Existence 生存欲求

-レベル2(R:Relatedness 関係欲求)

-レベル3(G:Growth 成長欲求)


 これは、アメリカの心理学者、アルダーファー Clayton Paul Alderfer(1940- )が欲求を3つの段階に分けたERG理論 ERG Theory に基づきます。
1. E(Existence 生存欲求
2. R(Relatedness 関係欲求)
3. G(Growth 成長欲求)

 この理論は、同じくアメリカの心理学者、マスロー Abraham Harold Maslow1908-1970)の欲求階層説 Maslow's Hierarchy of Needs を発展させたものです。マスローによると、欲求には5つの段階があります。

1. 生理的な欲求(physiological need)
2. 安全の欲求safety need
3. 所属・愛情の欲求social need/love and belonging
4. 承認の欲求esteem
5. 自己実現の欲求self-actualization
 のちにマスローは、更に上の段階があるとしています。
6. 自己超越(self-transcendence)

 アルダーファーの理論により分類しながら、時にマスローの説に基づいた考察も行います。
 本来はいずれの説も、どの欲求が満たされ、どの欲求が強まるのか、各段階の欲求のバランスについて論じられますが、このブログでは段階分けのみに着目します。